ベンチプレス世界王者は、発想力で勝ち続ける

  • 2017.03.28 Tuesday
  • 10:10

 

 

日本のベンチプレスのレベルは、世界屈指の高さです。

その中でも、72圓児玉大紀選手は、格別の存在といえます。

まだ37歳の若さで、5年連続11度、世界選手権を制覇しているのです。

 

児玉選手の強さは、他人の思いつかない発想ができることにあります。

おかげで、選手生命を終わらせかねない大けがをしても、より強くなって世界一になれたのです。

 

僭越ながら、児玉大紀選手を、当英語塾INDECのロールモデルに認定させていただきます。

 

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300キロ挙げる絶対王者 ベンチプレス児玉大紀(上) 
2017/3/26 6:30 日本経済新聞 電子版

 

 台上にあおむけで寝てバーベルを持ち、主審の「スタート」の声で胸まで引きつけて「プレス」の合図で一気に押し上げる。筋力トレーニングの代表格であるベンチプレスを極めた猛者たちが己の限界に挑む世界。シンプルながら奥深い技術を要する競技で、長らく絶対王者として君臨するのが児玉大紀(37)だ。

 

 3度の試技のうち最重量の成績を比べて順位を決める方式で、74キロ級の児玉が持つ世界記録は300.5キロ。筋トレ経験者なら、そのすごさがわかるだろう。

 

 昨年は世界選手権で5年連続11度目の優勝を飾ったほか、収縮性の高い専用ウエアなどを着ない「ノーギア」の世界選手権でも初代王者に。ウエアを着る「フルギア」とは必要な技術も異なり、2冠は児玉ただ一人の快挙だ。この実績により日本人4人目となる国際パワーリフティング連盟の殿堂入りも果たした。

 

■発想力で技術に磨き

 

 圧倒的な強さの秘訣をこう言い切る。「発想力でしょうね。スポーツで成功する人は普通の人が『こいつ何言うてんねん』と思うようなことを考える我が道を行って、ぶっ飛んでいるヤツがチャンピオンになれる

 

 もともと怪力には自信があった。小学校高学年の頃は高校生と腕相撲をしても「一番強い番長以外に負けた記憶はない」。高校時代に競泳の練習の一環でベンチプレスに取り組むと、やればやるだけ数字が伸びる面白さに目覚めた。

 

 その“ぶっ飛び具合”を物語るのは23歳で世界王者となった翌年のこと。妻が長女の出産で実家に帰っている間に黙って勤務先を退職し、「勢いで」自分のジムを開業。経営が軌道に乗るまでは深夜の工場勤務をこなしつつ練習に励んだ。

 

 練習法も児玉は我が道を行く。多くの選手は普段から自己記録に挑み、休養日を挟んで筋肉の回復を待つ。その繰り返しで記録を伸ばすが、児玉の練習は週6日。ベストの8割程度の重量をひたすら挙げ続ける

 

 幼なじみで一緒に競技を始めた59キロ級の世界王者・東坂康司によると、それは筋力アップのためのトレーニングではなく「反復練習」なのだという。「感覚重視で、挙げるための技術を上げるという考え方」。腕の角度など、はた目にわからないほど微妙な違いを追求することに力点を置く。

 

 2年前に300.5キロを挙げたときも「動きが完全にはまったから思いのほか軽かった」と児玉は振り返る。もちろん以前は遮二無二パワーアップに励んだ時期もある。そうして鍛えた筋力の下地に、試行錯誤を重ねた技術を肉付けしていった結果なのだろう。

 

 171センチ、72キロの体つきはマッチョだが、超人的とまではいえない。全身に筋肉をまとう欧米勢はもちろん、「日本人でも僕より筋力が強い選手はいっぱいいる」。それが成績に直結しないのは、この競技がただの力比べではないからだ。

 

 トレーニングの一種を超えて技巧を要する一競技へ。その先駆者だからこそ誰も届かない領域にたどり着いた。(敬称略)

 

〔日本経済新聞夕刊3月21日掲載〕
 

ケガは治さずフォーム改良 ベンチプレス児玉大紀(下) 
2017/3/26 6:30 日本経済新聞 電子版

 

 2002年に初めて世界王者となって以降、児玉大紀はライバル不在の独走状態。近年は世界選手権でも2位に20キロ以上の大差をつけるほどだが、栄光の歴史には09年から3年間の空白がある。人並み外れた重量を挙げ続けた代償で両肩関節が擦り切れ、腱板(けんばん)を断裂。痛みが激しく国内でも勝てなかった。

 

 ベンチプレス選手として致命的ともいえるこの大ケガ、実は今も全く治っていない。再建手術は受けておらず、何か特別な治療を施したわけでもない。プロ野球選手など多数のアスリートを診てきた関目病院(大阪市城東区)の医師、広岡淳は苦笑交じりに語る。「ほとんど完全断裂。何で今、あんな重いのを挙げられるんかわからへん

 

■ケガする前よりも強く

 

 痛めた当初は競技を諦めかけたものの、自らが運営するジムの仲間たちの励ましを受けて、むくむくと意欲が湧いてきたという。「壊れたということは、体の使い方に無理があったということ関節の向きを考えて、スムーズな方向に動かせばできるんじゃないか

 

 重りをつけずにバーベルのシャフトだけを持ち、肘の位置などをミリ単位で変えながら新フォームを考え続ける日々。肩を壊した野球投手が負担の少ない投げ方を模索するように、モデルチェンジの道を探った。

 

 気の遠くなるような作業の末、12年の世界選手権で当時世界記録の260キロで復活優勝。「どうしてケガしたかを考えた結果、ケガする前よりも強くなれた

 

 その後も頸椎(けいつい)ヘルニアなど故障は頻発しているが、そのたびに改良を続けてきた。2年前に300.5キロを挙げたフォームも、肩の痛みが再発したことで再びリセット。今月11日の全日本選手権は再建途上ながら250キロで優勝した。「強かった自分は、もうどこにもいてへんのです。そこを受け入れないと駄目。今の弱い自分を受け入れて、一歩ずつ強くしていくしかないですから

 

 ケガと共存するような児玉の姿勢に、広岡は医師として驚きを隠さない。「普通のスポーツ選手は、ちょっと違和感があれば全部治してくれといってくる。彼は自分の体のことをよくわかっているんでしょう」

 

 結果的に、度重なるケガの経験が生きたということになる。解剖学など一度も勉強したことはないが、「思うように体が動かないからこそ、こうすれば動くんやというのが見えてきた

 

 今はちょっとした骨格のゆがみも自分で気付き、それに合わせた日常動作でコンディションを回復するという達人めいた芸当までできるという。「人間の個体差なんて5%もないはず。僕の筋肉だけ特別に一本一本が強いわけじゃない。大事なのは、それをロスなく全部使えるかどうか」

 

 当面の目標は19年に日本で開催の世界選手権で結果を残すこと。そして「みんなにベンチプレスが知れ渡るまで現役でいたい。20年、30年かかるかもわからへんけど」。不屈の鉄人の挑戦は終わらない。(敬称略)

 

〔日本経済新聞夕刊3月22日掲載〕

 

**********

 

貧乏英語塾長も、ウェイトトレーニング(WT)が趣味でした。

ゆえに、児玉選手のことは、15年ぐらい前から雑誌等で知っていました。

その独特の練習法とこだわりにも感心していたものです。

 

しかし、ここ4、5年、WTよりも有酸素運動を重視するようになって、

専門誌を読むこともなくなり、ベンチプレス界の動向にもうとくなっていました。

 

そしたら、この記事。

改めて、児玉選手の偉大さを痛感した次第です。

 

ベンチプレスは、単なる力自慢ではありません。

精密な技術力で優劣を競う高度な競技です。

 

児玉選手の発想は、ここからして通常のWT愛好者と差があります。

 

しかも、他人と違う、自分に合う技術を求め、そのために「反復練習」をします。

ややもすれば、凡人は、自分に合う合わないをよく考えません。

強い選手の練習を真似するだけになることが多いものです。

それが児玉選手にはありません。

だからこそ、たった72圓梁僚鼎300圓離弌璽戰襪魘擦ら押し上げられたのです。

 

さらには、大けがを負っていても、それで「できる」ことを考えられます。

すばらしいことです。

そのおかげで、怪我をする前よりも、記録がよくなっているのですから、脱帽です。

 

いまの自分ができるベストのことは何か?

児玉選手は、常にそれを自問しています。

この探求心と柔軟な発想力が、児玉選手を世界一にしている第一理由です。

見習いたいものです。

 

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