人間には七人の敵があって、他人はすべて泥棒なのだ

  • 2016.06.13 Monday
  • 12:47
男は敷居を跨げば七人の敵あり」ということわざがあります。
男が社会で活動するときは、いつも多くの競争相手や敵がいて、いろいろと苦労があるという意味です。

人を見たら泥棒と思え」ということわざもあります。
他人をうかつに信用しないで、いったんは疑ってかかれという意味です。

このふたつさえ守っていれば、トラブルに遭遇することはないと思うのです。
 
フロリダ州オーランドのナイトクラブで
12日午前2時(日本時間同日午後3時)ごろ、銃撃があり、
市当局の発表によれば50人が死亡、53人が負傷しました。
米国で起きた一度の銃撃事件としては、
2007年4月にバージニア工科大で韓国人学生(!)が乱射して32人が死亡した事件を上回り、
過去最悪の被害だそうです。
犯人は、過激派組織「イスラム国」(IS)の戦闘員で、自殺したとか。

こういう事件が起きると、
「イスラム系の人々がいけない」
「銃規制が緩いのがいけない」
という批判が起きます。

実際、前者をドナルド・トランプ大統領候補が、
後者をヒラリー・クリントン大統領候補が発言しています。

しかし、そんな悠長なことをいっている場合ではありません。
現実的にそこにいたら、殺されたのですから。

いい換えれば、殺されたくなかったら、そのナイトクラブに行かなければよかったのです。
もっといえば、アメリカのナイトクラブに行く以上、
このくらいの事件に巻き込まれる可能性があると思っておくべきだったのです。

50年前、日本がいまよりもはるかに貧しいくて、それでも高度経済成長が続くころ、
貧乏英語塾長は九州の片田舎で育ちました。

男尊女卑の風潮の中、
父親の権力は圧倒的で、
常に家庭内暴力にさらされていました。
母・姉・兄の涙を何度見たことでしょう。

「こんな家は出ていきたい!」と子供のころから強く願い、
高校を卒業すると、すぐに東京に出ていきました。

そのときに肝に銘じたのが、このふたつです。

男は敷居を跨げば七人の敵あり
人を見たら泥棒と思え

子供のときから、いまは亡き母親が常にいってくれていた言葉です。
集約すれば、
「人は信用するな」
ということです。

家庭内でも、一歩間違えば、とんでもない目に遭うのです。
東京では、どんな目に遭うか、想像もできません。
用心して用心しすぎることはないはずです。

こう思っていましたから、
トラブルが起きそうな夜の繁華街には絶対に足を向けませんでした。
いまも歌舞伎町が目と鼻のところに住んでいますが、
夜に行くことは絶対にありません。

アメリカに留学していた時にも、そうでした。
一度も夜のバーやクラブに出かけたことはありません。
ゆえに、一度もトラブルに巻き込まれずにすんだのです。

「そんな生き方は堅苦しくないですか?」と尋ねる人がいます。
尋ねる意味がありません。
バー、クラブ、キャバレー、スナックに行って、何が楽しいのでしょう。

繁華街や女性がいるクラブやスナックが大嫌いになったので、
そういうところで遊んでいる人をうらやましいとも思いませんし、
堅苦しい生き方をしているとも思いません。

母親の教育に、感謝です。

アメリカで暮らすということは、
銃をもった人と共存するということです。
この事実を踏まえて、危険だと直観する場所に立ち入らなければ、
トラブルに遭遇することは、まず、ありません。
実際、6年間の留学で、
貧乏英語塾長はたった一度も生命の危機に瀕したことはないのです。

社会が悪いと文句をいう前に、
自分でできる防御策を講じる。

アメリカのみならず、日本でもそうあるべきです。

今日の教訓:トラブルに遭う人は、不用心にトラブルに近づいている!
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